じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

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$ゆるくないべさ Vol.2
まるともラーメン
札幌市白石区本郷通4丁目南2-1 四丁目ビル1F

誰しも知らないこと以外は何でも知っているわけで、このラー王国サッポロで健気にもワンコインでがんばっていらっしゃる「まるともラーメン」さんです。ゆとり世代のあんちゃんが、昼は「ラー」がいいというものですから、今日は日本に脈々と流れる「思いやり」「謙譲」を実体験できるお店に誘ってやりました。
入店し、待合の窓際族(自分の近い将来の姿です)となり順番待ち。中途半端に空いたカウンターの席で、少しずれてくれる先客。座ることができる。ウェルカム・ウォーター時に「味噌」とオーダー。
ほどなくサーブ。
「あっ。」「思ったより軽いもんで・・・。」(「ひっくり返りそうになるかんね。」と、わざと教えてやりませんでした。」ははは。
隣客が会計を済ませば、飲食中でも席をずれる。
食べ終われば、カウンターの上に丼とコップを上げ、テーブルを拭いて会計を済まして退出。

「みなさん同じ流れで動いて、あのお店のお客さんって、いつもああなんですか?」「そうです。礼節をわきまえた方々が向き合うラーなのです。」

グローバルスタンダード≒アメリカンスタンダード。戦前の培った思いやりに満ち溢れた美しい「ココロ」を否定せよと、戦後の日本にGHQが押し付けた価値観は歪んだ自由主義。優勝劣敗を是とし・・・ニッポンには、情緒豊かに、春を愛する人も、ラーを愛する人もいるんです。カウンターの向こうとこちらの小さな隔て板を超えて、大切なココロの交換があるのです。上から目線で言うところの、「そこのゆとり世代!勉強になったべ。」とココロで呟けば。
「いやあ・・・500円とは思えない。」
「したから、そうでなくてお値段でなくて、この味を守り続けているところに値打ちがあるんだよ。」
ワッカるかなワッカンねえんだろうなぁ。日本の「和を以て尊しとなす。」調和・相互理解・尊重、といった伝統は明らかに戦後教育で崩壊しつつあるのです。ラーはニッポンを救うキーワードなのかもしれません。
「ところで、あの丼。軽くなかったですか?」
「受け入れる。」それも、ラーを食べる作法の一つ。これだけ続けば「まるとも」文化は定説となるのだと思います。