じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

性善説。

$ゆるくないべさ Vol.2
ラーメン ゆげや
札幌市東区伏古四条4-1-5

どんな前提に立って物事を判断し臨むのかで一日の満足度は変わるものだと思います。「そんな悪事に加担するような・・・」と、本店のおっさんのお言葉。 どうやら性悪説に立ち、悪の一味の構成員とみなされたようです。「ちょっと待ちーな・・・」いくら国家権力とつながりを持つ経歴があろうと失礼千万。桃太郎侍ちょいとやくざな遠山金四郎、いやいや、暴れん坊将軍に成り代わって成敗してやろうかと思いましたが、「そういわずにいたいけな小動物のハナシも聞いてくださいな。」「え!そうだったの!?」「でもアカン!」はは〜ん、引っ込みがつかなくなったんだ(笑)

性善説性悪説。アクセク働くモノに希望に満ち溢れた未来はあるのか・・・と、新卒の社員の如き青っちょろい感傷に浸ることもないやり取り。

その後、ノー天気な御仁と昼飯「うーん昼飯ねぇ。君の好きなラーメンでいいよ。」どうも自分のことをラヲタだという前提でとらえられているようです。(あなたより多少多めにラーメンを食っているだけです。あしからず。)

$ゆるくないべさ Vol.2
残念ながら「味濃いめチューン」にはしませんでしたが、味噌ダレのまろやかさ。プリッとした黄色い縮れ麺。このお店で「こってり」が旨いという性善説は、間違いなく成り立っています。

「前提」は言葉を換えれば「仮説」なのかもしれません。仮説の後、理論的な検証を終え、不本意であっても何らかの結論にたどり着いたなら、それを認める度量を持ちたいものです。

確かなものなど何もない。と悲観すほどでもないのですが、確かなラーメンに救われる。そんな日もあるのです。

しょっぱい話のやり取りの後、やたら旨かったな。