じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

結果。

$ゆるくないべさ Vol.2
すき家の牛丼

とある方にコメントをいただきました「米が溺れるほど・・・」のつゆだくが食べたくなったわけで・・・、ラーばかり食べているわけぢゃ無いんで・・・そういうわけです。本当に、お茶漬けとまではいかないまでのつゆだく。
似ているということは違うから同じでないのです。偉そうに、ツユダクの思うところを記しますとこんな感じで、
吉野家さん:牛肉の甘みと甲殻類の風味のある和風出汁。ごはんは少しモチッ。
すき家さん:赤身の多い牛肉とどことなくワインの苦みが残る出汁。ごはんはサラリ。
したからといって、どっちも好きですからあしからず。不愉快になった方や異なる意見をお持ちの方は、小動物のたわごとですからそーっと放っておいてください。

放っておけないのはサラリーマンの侘びさ寂びです。たいしたよく知らない方なのですが、この時期に人事異動甲殻降格左遷。怖いですね。それなりの企業には就業規則というものがあって、人事異動は「4月と10月の年二回とする」の文言があったりするのですが、今は11月。まるで〇☓地検の行うでっち上げ犯罪で人を追い込むようなもので、司法と行政の癒着。三権分立もあったもんじゃない。というのと同じで、就業規則というドメスティックな法律ともいえる就業規則を、とあるVIPの意にそぐわなかったということで捻じ曲げる・・・恐ろしい。某隣国の如き無茶な振る舞い。明日は我が身。

万物は不安定から安定に向かおうとするものだと思っています。草木は朽ち果てれば分解され土にかえるし、鉄は錆び本来の存在の酸化鉄になってしまうし、水は熱をくわえられれば酸素と水素に戻ろうとするし、ヒトは齢を重ねボケてしまえば理性を失いわがままな心を露わにするし、きれいなチャンネーもいつかはオバサンになるわけです。不安定でいることが自分の生活でもあり不確かな今の自分、やってくるのは不確かな明日なのだと思うのです。

どうもいけません。ほどほどの安定や心の安寧を求めているだけなのですが、それがどれほど難しいことか・・・「幸せは歩いてこないだから歩いていくんだね。」けだし名言です。そういえばナマ水前寺清子、去年見た。歌上手だったな。

ニッポンに牛丼という文化の定着と安定。これはこれであずましき世界。これも、休まないで歩いた結果なんでしょう。