じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

ミット。

カツ丼

なにがなんだかわかりませんが、みっともないおじさんにはなりたくないものです。若いあんちゃんに「休み明けの予定はこうなっているんだ。」「その時間通りに合わせて動けとはどういうことだ。」「そんな、他人の都合に合わせていたらこっちが・・・。」めんどうくさい奴です。そんなウザッタイ思いを越え怒りさえ覚えます。「わかったよ。調整してみるわ。」でいいんでないの?
配転されても次から次へ、声の小さなもの、社歴の浅い者、とにかくなんか見つけて排他的に威張りまくらないとモチベーションが保てない。ちっぽけなバカ。早くどこかへ左遷されてほしい。(僕には突っかからない。何度か悪態ついたからか・・・?)

詳しい事情が分からなかったので、口を挟みませんでしたが、立派なオジサンと呼ばれなくともみっともないオジサンにはなりたくないな。

そんなわけで、「断水」の江別。

知らんかった。
水が無くてもカツ丼ができる。きっと「電気があれば何でもできる。」

利益追求。合理性の賜物。しかもそれなりに旨いべ。燃える商魂はこれほどまでとは知らんかった。勉強になりました。

ま、どうってことでもないですが、一人の晩飯。

このカップをチョイスしたところに癒しがあります。運があります。
他者を受け容れ否定せず飲み込んでしまうくらいの度量と、相撲四十八手のうちの一つずつを毎日、毎日、体得し自分のものにすることができたら横綱は2か月以内にできてしまいます。そんなバカな。(笑)

大関」を越えたところに「横綱」がある。

きっとあの輩は、僕から見て「みっともない」人生を生きながらえ、それに気づかないで終えるんだろうから、それはそれで幸せなんだろうね。(笑)