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じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

バランス。

なか卯 札幌伏古店
札幌市東区伏古8条2丁目1−1

なんだか疲れたな。
本店のエラぶった奴が、胸を張って『「〇」「△」は良しとして、「☓」は・・・。まずはそちらの判断で。』とのたまいます、「不慮の事態になった場合、自分に免罪符を与えよ。(責任はあんたにあんだかんね)」と叫んでいる風にしか見えなかったんですが、彼は彼とてそういう役割なんだろうし、こんな穿った見方をされていることを知りつつサラリーをもらっているのも、気の毒なもんです。組織の肥大化は、何かを切り捨てながら成長していく。あたかも、体内で細胞分裂を繰り返し、本来は元気に肉体を構成していたセルが新たに生まれたがゆえに、旧来あったものは老廃物として忌み嫌い、不要なもの。挙句は、捨て置け!といったことに似ているような気がします。

そんなありがたくもない話しの時間のために間に合わせようと掻き込む、牛すき丼とはいからうどん。

昭和の刑事ドラマの取調室と同じで、
濃いめの醤油味が滲みる「牛すき丼」に脅されて、出汁の利いた薄味の京風の「はいからうどん」が、「まあまあ、そう熱くならないで・・・」となだめる。挙句の果ては「故郷は今頃ゆきだろうなぁ・・・」
「すいません。だんな・・・」

脅して、なだめて、すかして・・・。セットものの構成は見事な塩梅の昭和の取調室なんです。(笑)

あまりにも正論を吐くので、
「指示通りルールを運用すると、現状のなかでは、かなり該当する事象があるのでこういった場合は書類がなまら増えると思うが、それでよろしいか?」
「その辺は、多いと困るんです。」
「じゃ、全てルール通り厳格な運用は行わない方が良いのか?」
「多いと少ないのボーダーは・・・〇件/月?が適切なのか?」
「・・・・・・。」

屁理屈には屁理屈。我ながら屈折している。(笑)

はっきり、くっきりの見える化は大切。悪事は絶対に良くない。「〇とか△ならいい」といった人の数だけある、各々が持つ曖昧な主観で測ることの必要性を唱える。別なところでは、ルールの厳格な運用を求め、シビアに答えようとすれば、「それは困る。」なんじゃそりゃ。(笑)

今日のセットものの様にバランス感覚は、なか卯さんに教わるといいです。(笑)