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じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

儀式。

そば 東区

しあわせ食堂
札幌市東区東苗穂5条2-10-15

多くの者たちが集う会議と云うやつの本質は、「上意下達である。」ということを無視してもいい時代になってしまったようです。右肩上がりを是とし、その枠組みの中でしか生きながらえることしか知らない小動物も、「ほら、来たよ。」と、儀式的で決まりきったロジックに辟易としつつも、お付き合いだからその場にいることが務めだと思えば、”ちょっと待った”的な輩が登場し正論はセイロンでスリランカではないということです。
普段は殻にこもり、排他的に他者を相手にせず我が道を行く彼に何があったのでしょう?キーワードは「共有化」。退屈なトキだったのか・・・ふと寂しくなったのかな・・・。(笑)

まあいいんですが、カレー餡の表面張力みなぎるカレー蕎麦。食べ進むにつれ緩くなる粘度。これもカレーそばに向き合う儀式的なもので、ピチャっとシャツに着いてしまった日にゃ・・・
ネガティヴな思考とチャレンジ魂。

セーフでした。(笑)

この一杯にも儀式がありまして、手順として?温めた丼を用意する。?茹で上げ、温めたた蕎麦を投入?別な片手鍋でどろーんと作ったカレー餡をかける。といった製法であることは想像できるのですが、その小宇宙の完成品から素人はいきなり麺を引きずり出そうとするんです。
こちとら、夕張の大御所「藤の家」さんとの出会いは20年以上前で、心臓破りの坂道をたまに登っていたんですから。母さんの親指が入ってサーブされたカレーそばを優しく見つめ、箸で一度、二度、麺を持ち上げ・・・の儀式は知っています。

とはいえ、この一杯を構成する、カレー餡がからんだ蕎麦・豚ばら肉・タマネギの三種をバランスよく食せず、タマネギを残してしまうあたりが、まだまだ向き合うには素人で、儀式にさえ不慣れで「郷に入れば郷に従え」的な長いものに巻かれるといった固定観念を排除できない部分は持ち続け、明日からも、サラリーをもらって行くんだと思います。