じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

徳育。

らーめん縄文
苫小牧市新開町4-1-1

ムカシの教育の三本柱は、「知育」「体育」「徳育」だったそうで、現在は「知育」偏重なわけで、オプションで「体育」があるといった状態だそうです。
そんな戦前教育の話がウザったい方はスルーしてください。

現在は「徳育」ってものが法律に置き換えられ、「権利」だ「ハラスメント」だと立ち位置が性悪説だときたもんだ。法律は人の営みのすべてをカバーすることはできるはずもなく、しないほうが良いと思うのです。でもって、「法」を誠実に守ろうとすることは必要なんだけれど、一方、抜け道を巧みに探しているケシカラン輩がいるのも事実です。

あいまいな存在である人が作ったものであるがゆえに、明文化されたものに判断を委ねる前に、己の善なる価値観を醸成し、他者の思いに寄り添い互いに前進する姿勢を学んだほうが良いと思う時があります。(今じゃ「道徳」なんてコトバを発するととんでもないことになるから大変です。戦後は相対的に左寄りの先生に教育されているんだから、どもならない。)

そんなわけで、「ラーメンを食べたい。」というあんちゃんの心に寄り添いラーメンです。(笑)

「何がオススメなんですか?」と聞かれたので「オーダー聞かれたらツウぶって『ガンミソ。アジコイメで。』って答えるんだよ。」と指南しても「ガンソミソラーメン、オネガイシマス。」と言ってしまう、縄文さんデビュー戦のあんちゃんです。

ざけんなよ。おれの話聞いてんのかよ。\(*`∧´)/

などと、虚栄あるいは虚勢をはったところで、疎ましいだけなのでやめときます。何より喜んでいるんだからそれでイイノ。イイノ。

聖人君子にはなれずとも、心穏やかに人と接し、互いに喜びを分かち合える分別のある性善説的で謙虚なオトナになりたいものです。