じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

余裕。

サラセン人の麦
江別市新栄台6-2

カモ肉はなくってもカモ脂の香のネギ。これがまた旨い。
決して嘘がない。

偽装だなんだと、偉そうに苦言を呈する庶民の皆さま。マスコミの皆さま。
曖昧な人間が作ったルールなり制度、基準は人の営みのすべてを網羅することはできないわけで、人工知能がいくら発達しようと、程度の問題ですが、あらゆることにおいてあいまいな部分が存在しているんです。例えば紙工作の「のりしろ」、あるいはクルマのブレーキ、ハンドルの「遊び」っていうものの必要性は許すんです。

あげくの果ては、内部統制、コンプライアンスなどといって、現実との乖離は見てみなかったことにするといった落としどころがあるやもしれません。

旨いという思いを計数化したところで、あまり意味はなく、その日、その時、その気分においての主観的な判断でしかない。

他者をあげつらうことより、自分の心持を客観的に見つめる嘘偽りのない目とカモ脂の香を楽しむくらいのココロの余裕を持ちたいものです。