じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

明日。

回転寿し トリトン 札幌伏古店
札幌市東区伏古8条2丁目

近代資本主義は、より速く、より遠くへ、合理的にマーケットを拡大して利潤を求めているわけで、安けりゃいい的な消費は、回りまわって自分の報酬も下がってしまう状態です。クルクル回るお寿司屋さんには、ロボットが酢飯を握り、パートタイマーがネタを乗っけるという荒業もあるようです。(もちろん、それを否定するものではありません。だって安いんだもの。)
トリトンのない町からの客人です。
「昼、寿司でもどー!?」「このお店結構人気あるんだよ。」「イーネー!」(^∇^)

本当は手料理か何かでもてなすべきなんでしょうが、合理的に済ませてすみません。(;^_^A

脂ののったおさかなは少し炙ればより旨い。このひと手間がありがたい。もちろん旬の魚もいいもんです。

自分の旬な話題は老齢化。考えさせられます。知れば知るほど複雑で・・・だけれども、制度としては何らかの受けはどこかにある。

昭和の初期から中期の農村漁村は、大きくて寒い家に三世代同居の大家族。職住一体。雨が降った、風が吹いたら仕事は休み。今でいう"アポイント"などなしで近所の父さん方が家に上がり込み集い、ストーブを囲んでたわいもない話で時は過ぎ、じゃまた明日。豊かではなかったかもしれないけれど、ゆっくりと、その辺の近場で、寛容的に経済活動がっていたんだろうと思います。貧しくても小さなコミュニティが一人一人を支えるシステムが構築されていたということなんだろうなぁ。

明日を憂いてもしょうがない。雨風をしのぎ住まうところがある。働く場所がある。少しだけ酒が飲める。なんてったって、たまにはこんなおいしいお寿司が食べられることに感謝ですわ。