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じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

集団。

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ゆりや食堂

札幌市中央区 南一条西19 丁目1

なんとなくですが、おかめ蕎麦がラーメンの原型だという説が生きている一杯でした。春めいて来ましたね。ユニクロヒートテックも今シーズンは御用済みで、極暖とはしばらくお別れです。

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仕事ですから行く訳けです。とあるお方の不祝儀で坊さんが焼香の仕方を語っておりました。何やら、日本で仏教と呼ばれるものに宗派は160程あるそうで、当然焼香の仕方もその数だけあるそうですが、なるほど!宗派を問わず、ココを押さえるとよいという説教は勉強になります。とある仏教界の団体が「己の宗派の焼香はこうなのである。」という事をさておいて、「正しい焼香の意味と作法はこうです。」といったことを周知する努力をしようとしているのに・・・とボヤいている姿を見ると、どの宗派も「個」が大切で「集団」は二の次なのは、サラリーマンの社会もお坊さんの社会もみんな一緒だと思わざるを得ません。

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ゼロサム社会といわれます。「個」は大切で自由と権利が保証されなけれなければけしからんと騒ぎ立てる世の中です。見方によれば大切な「個」が形成した「集団」は攻撃されなければならない存在でもあるのかもしれません。しかしながら、「個」が何らかの「集団」への帰属したいという願望は、生き延びるために必要な腕力・体力が他の野生動物と比べりゃ劣っている存在である人間の生命誕生依頼のテーマでもあります。

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其処まで古くはなかろうと、たぶん市電の動く様や、向こう三軒両隣。袖すり合うも多生の縁。「個」大切なものであるからと肯定し、帰属する場所として大切なものが集まった「集団」は何らかの恣意的な動きが垣間見えると否定するという矛盾を抱えながら揺れ動く一般市民のよしなしごとをを背中に感じつつ今も生き続ける蕎麦屋さんのラーメンは味わい深いものです。

A=B B=C ∴A=C 

A:「個」B:「大切なもの」C:「集団」であるとすれば、AもCも大切な存在であるはずですが、どちらかが蔑ろにされます。まあ、そんなもんです。(汗)