じょっぴんかったか

昭和の中頃から電気炊飯器があるので「ちゃんとかましてから うるかさなかったっけ めっこになったべさ。」ということは少なくなったのかもしれません。あずましき国を探検してみればこれまた「たいしていっしょや。」と思えてしまいます。

成長。

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ラーメン山岡家 東雁来

札幌市東区雁来7条1丁目4番32号 

笑顔ってやつはいいもので、小さな子が父親や母親を見上げ話しかけるしぐさというのはいつの時代でも変わらなく可愛らしいものです。

かと思えば、保護責任者としての自覚に欠けているであろう親子関係の存在をニュースで見たりするとやりきれない思いがめぐる今日この頃です。

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ボンズ1号の誕生日です。

暑い夏に生まれたんだっただね。内儀が「もう絶対生んでやらない。」と叫んでいたことを走馬灯のように想い出が駆け巡ります。そら、大変なんだろうね。

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しばらく顔を見ていないボンズに、内儀が誕生日おめでとうとEメールすると、返信は「生きてます。」

もうちょっと、ウィットというのか捻りを加えたバックドロップ的な返信をできない辺りは、親の教育、いわんや自分のせいだと思うしかありません。(笑)

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そんなわけで、ラーメンでした。

人は生まれ、成長し、やがては老いていきます。それに抗うことなく自然体で受け入れるという姿勢を忘れてはいけません。お雛様みたいな眉毛のレジェンドと呼ばれるジャンパーにも似た厨房のアンチャンが拵える一杯はいつもよりしょっぱくなかったりする気がしますが。それはそれ、ヤマオカさんの味わいの一つで、人生もラーメンも取捨選択、一期一会なんだと受け入れる度量は持ち合わせています。

横綱は立ち合いで変化せず、一度は受け止め、まわしをつかんで"さあ何してやろうか"といった度量が必要です。

いかんせん、横綱にもなれない小動物ですから、今の現実を幸せだと思うのが関の山です。

思えば、手をつなぐ親子の姿、あの頃はかけがえのない時間だったわけです。その日その時に対峙する一杯にも同じくらい愛情をつぎ込む度量を鍛えなければいけません。